デーヴィッド・アイク週刊ニューズレター予告編
2012年8月24日金曜日
あなたの背骨はどうか?・・・
・・・岩のように固くあれ
国民の敵は、敵を国民として宣伝しようとする。
私は、アメリカの愛国者のスタンスから発するのではないかもしれないが、ラウブが語ったことについては最大限を、そしてグローバル国家の横暴に疑問を呈する点では、はるかに多くのことを語ってきた。インターネットはそうした見解や意見を有する人々であふれており、それがこうしたすべてのポイントである。ブランドン・J・ラウブは、ひとつの終わりのための手段であって、終わりそのものではない。
そうした惑星地球の系統的なハイジャックと人類一般大衆の支配を暴露している人々は、他の人々を個別の及び総体的な窮境に対して目覚めさせることに非常に効力のあるものになってきた。「新秩序」はこの暴露によって危険な状態にあり、砂上楼閣が瓦解する前にその全能感への挑戦を破壊する時節なのである。
この暴露に関与した私たちの多くは、しばしば国家が出資した、もしくは自分のことで頭がいっぱいの馬鹿者たちによる攻撃に対処しなければならなかった。彼らやその子どもたち、そして孫たちが、私たちが阻止しようとする悪夢の世界に生きなければならない、ということを理解する知性を持っていないのだ。多くの人々は、子どもたちと孫たちに何が起こるのかを気にしてさえいない。即ち、自分たちの問題ではないのだ。ああ、でもそれは問題なのだ。専制政治は、彼らが生きている世界に、到来しつつあるのではなく、それはここにあるのだ。しかし、依然として彼らは、匿名のログイン名と偽の社会的人格の背後の影の中で深く隠れつつ、根気よくそれらを標的とし、塹壕の上に頭を置く。これまでに何か価値があることをしようとした人は誰でも、常に、めくらで低能で自分のことで頭がいっぱいの輩からの虐待に直面してきた。作家のジョナサン・スウィフトは次のように云っている。「偉大な天才が世界に現れると、この兆候によってあなたは彼を知るかもしれない。愚か者たち全員が彼に反対して徒党を組むのである」。常にそうだったのだ。
世界的な陰謀を暴露することに自らの一生を捧げた人々にとっては、少なからずマスコミの中の、馬鹿者たちによる虐待は、業務上の危険であり、受け入れるか、わきへ寄るかのどちらかにしなければならない。しかし、ブランドン・ラウブの処置とここ数日のその他の出来事は、単に馬鹿者の領域の向こうへと、そして、世界的なゲームの全く新しいステージにうまく私たちを連れて行きつつある。一般の抗議のさ中の彼の解放は励みになるが、彼の事例は非常にはっきりした新たに現出するパターンの一部である。
goonaticsは、現在人々とその情報源を標的にしようとしている。だから頭を上げ、胸を張り、シートベルトを締めよう。対処するには、私たちは十分に大きくなり、十分に不動でなければならない挑戦なのだ。けれども、ブランドン・ラウブの見解を示すために彼を精神病院へ強制監禁したことに対してこのコメントをしたログイン名「アダム」の支持を、私たちが期待できるのかどうか、私は疑っている:
もしも我々がもっとたくさんこれをするなら、おそらくたまには大虐殺を阻止できるだろう。彼は逮捕されていないし、もし彼が正気で脅威を引き起こさないならば、彼は自由だ。しかし、もし彼が若干の危害を加えたなら、彼の抑留に「激怒している」同じ人々が、何もしなかったと警察を訴える最初の人たちになるだろう。私たちには、もっと多くの、この種の防止的な行動が必要だ。ーアダム、USA、21/8/2012 18:10
彼を祝福しよう。どんなに子どもなのか、アダム、大丈夫か。ノック、ノック。
「アダム」の精神構造は、ブランドン・J・ラウブがますますそうであるより、それが世界にとってはるかに危険であると理解するにはあまりに無知である。
[同じ手の中の、全ての権力、立法権、行政、司法に関する利殖は、
一つか二つ三つかたくさんにせよ、世襲か自薦か選挙によるかにせよ、
まさしく専制政治の定義であると正当に断言してもよい。
ジェームズ・マディスン アメリカ合衆国の建国の父、第四代大統領。]
【アイク翻訳委員会:司壽@フォローミー】
当記事の本編は後日公開予定です。
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